ハーグ条約に基づく子どもの返還請求:
ドイツ在住母親の事例から学ぶ対処法
1.ハーグ条約とは?国際的な子どもの連れ去りにどう対応するか
1-1.ハーグ条約の基本的な目的と適用範囲
ハーグ条約は、国境を越えて一方の親が子どもを無断で連れ去ったり、留め置いたりした場合に、もう一方の親が子どもの返還や面会を求められるよう定めた国際的なルールです。子どもを常居所国に戻すことで、監護権を巡る紛争を常居所地国において解決することを目的としています。
1-2.日本とドイツはともに加盟国
ドイツは1980年代から、そして日本は2014年にハーグ条約に加盟しています。両国は条約に基づき、子どもの返還や面会交流の実現に協力する義務を負っています。そのため、日本から子どもが連れ去られた場合でも、ドイツにおいて正式に子供の返還請求をすることが可能です(その逆も同様)。
2.事例紹介:ドイツ在住の母親が日本に子どもを連れ去られたケース
2-1.ケースの背景と問題の発生
ドイツに住んでいた国際結婚の夫婦間で、日本国籍の母親が父親の同意なく子どもを連れて日本へ一時帰国し、そのまま滞在を継続しました。父親はこれを不法な連れ去りとし、ハーグ条約に基づいて子どもの返還を求め、日本で法的手続きを開始しました。
2-2.日本における返還請求手続きの流れ
返還請求にあたり、父親はドイツの中央当局に援助を申請し、日本の中央当局(外務省)を通じて、各種の支援を受けることができます。また、具体的な返還の手続きは日本の弁護士を通じて家庭裁判所(東京家裁または大阪家裁)に申し立てられます。裁判所では子どもの常居所地がどこであるかや、返還を拒絶する理由の有無を審理し、速やかに結論が出されます。本件でも約数か月で返還命令が下されました。
2-3.裁判における争点
裁判では、子どもの「常居所地」がドイツであると判断され、母親による連れ帰りは「不法な連れ去り」と認定されました。加えて、母親側が主張したDVの有無、子どもの年齢と環境適応度などが争点となり、返還が子どもの利益に適うかどうかが慎重に検討されました。
3.返還請求を受けたときの対処法と選択肢
3-1.返還命令が出る前にできること
返還命令が出る前に、当事者同士での話し合い(調停)により解決を図ることも可能です。話し合いによって子の居所、養育費の額、面会交流の方法などについて合意ができれば、返還請求は取下げよって終了することもあります。なお、現在の日本の家庭裁判所におけるハーグ条約に関する実務では、返還の手続きと並行して調停を実施し、できる限り話し合いによって解決を図るように手続きは進められます。
3-2.正当な返還拒否理由とは?
ハーグ条約実施法には、返還を拒否することのできる理由が明記されています。たとえば、子どもが返還先で虐待を受けるおそれがある、子ども自身が返還を強く拒んでいる、または1年以上経過して当地での生活に適応しているなどの事情がそれに該当します。返還拒絶理由の存在を裁判所に認めてもらうためには、これらを裏付ける証拠を収集し、提出することが鍵となります。
3-3.弁護士選びと中央当局のサポート活用
ハーグ条約に関する案件では、専門的知識を持つ弁護士へ依頼することが極めて重要です。また、日本の外務省(中央当局)を通じて、各種の援助を受けることができますので、そういった制度の有効活用が不可欠です。
4.面会交流と今後の親子関係の構築に向けて
4-1.返還後の面会交流はどう設計すべきか
子どもが返還された後も、もう一方の親との面会交流を継続することは子どもの心の安定に大きく寄与するものであって、極めて重要です。年に数回の訪問で一緒の時間を過ごすことや、定期的なビデオ通話を行うなど、距離を超えた交流方法を当事者である両親が子供のために一体となって創造し、実施していくことが親の責務として必要であると言えます。また、言語や文化の違いを尊重しながら交流を支援する体制も整備することが理想です。
4-2.子どもの心のケアと家族間の協力
子どもは親同士の対立に巻き込まれることで、心理的に大きなストレスを抱えることがあります。精神的ケアを重視し、心理士などの専門家のサポートを得ることも視野に入れましょう。「紛争」から「支援」へと親同士の関係性を転換していくことが、子どもの健全な成長と家族関係の再構築に向けて極めて重要となります。
5.まとめ:ハーグ条約を正しく理解し、子どもの最善の利益を考えた対応を
ハーグ条約は子どもを「常居所地」に戻すことを原則とし、親の監護権紛争を不法な連れ去りで悪化させないための制度です。簡単なように思えますが、各国の制度や文化に対する理解が必要になるとともに、迅速かつ冷静な対応、そして子ども本人の意思と福祉を尊重する姿勢が不可欠となります。